見つけられない景色を、見つけたい。

30を過ぎた頃からだろうか、時折、ふと思い出す景色がある。

僕は緩やかな坂道を上っている途中で、歩くのに合わせて、左肩から袈裟に掛けた水筒のお茶がちゃぷちゃぷ揺れる。
僕の左手を握っているのは、おそらく父。視界には入らないが、若そうな雰囲気である。
僕の気持ちは、高揚気味。なぜだろう。理由は思い出せない。
坂を上りきった先には、比較的新しい石段が見える。鳥居はないから、お寺に続いているのだろう。
僕らが歩く道は、アスファルトではなく、ただのコンクリートのようだ。白い、灰色のような色が眩しい。
道幅は、僕と父と、もう一人が並んで歩けるくらい。そんなに広くはない。
父の左側は山で、僕の右側は崖のようだ。結構標高が高そうだけど、ガードレールはない。
僕がちょっと右側に興味を惹かれると、その1.2倍くらいの力で、父が自分の側に僕を引き寄せる。崖に近づく僕を、無言で窘めているらしい。

石段の手前まで行くと、父は右の方を向き、目を細め、ずっと向こうを指さして、「あっちの方を見てごらん」という旨のことを僕に言った。
遠くに、海のような大きな水面が見える。
なぜだかわからないのだが、僕の脳にこの景色が焼き付いた。ずっと向こうに見える、大きな水面。
そして、なぜだかわからないが、気持ちがものすごく高ぶった。
景色に感動したのだろうか。いや、おそらくそうじゃない。思い出せる範囲では、特段美しいものではなかったように思う。
坂道を上る前から、なにか、始まっていたストーリーがある気がする。
ストーリーに気持ちが揺さぶられたのだ。

 

このことを、僕はなんとなく父に言い出せないでいる。
「そんなことは知らない」と言われるかもしれないし、「よく覚えていたな。それはな」と言われるかもしれない。
どちらにしても、たぶんつまらない。この景色は、自分の足で見つけるべきなのだろう。
父に手を引かれて歩くぐらいだから、おそらく僕は4、5歳。そのとき、父は30だ。
そして、僕ももうすぐ父になる。
そのまえに、この景色を見つけたい。

 

今年、2017年の7月1日から7月31日まで、仕事半分で、丸々ひと月旅をした。
目的は以下の4つ。
・訪れた地域で、暮らすように過ごす。
・訪れた地域の文化や歴史を学びながら、そこで発生しているムーブメントを調査する。
・溢れ出るワクワクを仕事の原動力にしている、ワクワカー(wakuwaku+worker)たちに出会う。
そして
・記憶の中の場所を見つける。

福井から始まり三重で終わる、東日本をぐるっと回る旅だった。
が、7月23日に豪雨に見舞われ、交通機関が停止したため、秋田、そして青森にだけ行くことができていない。
たくさんのひとに出会い、いろんな地域を知ることができた。とても有意義だった。しかし、この旅で訪れた場所に、思い出の景色はなかった。

『三戸町 旅ライティングコンテスト』の企画が僕の耳に入ってきたのは、天啓だと思っている。
もしかすると、行くことができなかった青森県に、その場所があるかもしれない。
いま、強くこう思う。

だから、三戸町に行ってみたい。

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