結び

小学校の頃の国語の先生、まっちゃんはよく「りんごの唄」を唄っていた。
りんごの事をりんごっこと言うもんだから、不思議に思いながらも何だか楽しかった事を覚えている。

三戸町のコンテストに出会った時、その時の感情が一番に蘇った。
懐かしい気持ちに浸り、気がついたら好奇心に火がついたようです。

まずは何故「三戸」という名前が町につけられたのか気になった私は、肩に乗せっぱなしになっていたインコな家族「もこ」の事を忘れ、
三戸町の文字を大手検索エンジンで打ち込みはじめました。

まちのホームページで周辺の戸のまちを「兄弟」と紹介している事に、何だかじんわりとした気持ちを覚えたり、
歴史を感じる土地とおいしそうな郷土料理があったり、穏やかな空気を感じる写真の中の三戸町と人々を見つけていく内に、
その人たちの瞳から見える空の色や、日常の景色をとても知りたくなったのです。

知っていく過程でりんごっこが津軽弁だったという事を知った時は、思わず「そうだったのかー!」と大きな独り言。
それにびっくりしたもこが頭によじ登ってきた事でもこの存在を思い出し、
肩にはおトイレに行けなかったもこの悲惨な「痕跡」の数々が、パソコンに張り付いていた時間を物語っていました・・・。

 

 

 

 

着替えながら私は、不思議とまだ知らぬ三戸町に繋がりを感じていました。
それはただ興味がわいたからだけではありません。

東北好きな両親がセカンドライフを考え始めた事を知っていた私は、密かにゆったりできそうな土地を探していたこと。
青森にはお世話になった方が3人もいるというご縁を感じたこと。
そして、そろそろ新調したカメラを持って旅にでも出かけようと考え始めたその日に、三戸町を知ったというタイミング。

点と点とが結ばれて、三戸町に伸びているようでした。

 

 

出会いは、相手と自分の心が望んだ必然だと私は思います。
好きな人も、好きな土地も、苦い思い出も、仕事も。

少なくとも私は、旅や出会いを通じてその土地の景色に、人々に、多くを与えられてきました。
それは全てその時の自分に必要な経験ばかりで、旅はまさに恩人のような存在と言えます。

 

当時、ただ好きだからという理由で始めたマルチクリエイターの仕事。
けれど今は、旅が私に多くのものを与えてくれたように、与えてもらったものを創作という形や、
情報という形で還元していきたい。

求め合っている町や人、探し合っているきっかけや仲間、少しでも早く気づけるように、
沢山の思いの架け橋になれるクリエイターであり続ける事が、私の夢のひとつです。

 

与えられたものを返すというのは無理かもしれませんが、バトンのように繋いでいく。
「恩送り」という想いも込めて創作をする幸せを教えてくれた旅。

その新たな旅のきっかけを作ってくれたSAGOJOさんと、
思いを膨らませてくれた三戸町さん、本当にありがとうございます。

 

全てはコンテストに出会えたからではありますが、そこから沢山の思いが募り、
私は今この文字を綴っています。

三戸町を知りたい。

「だから私は、三戸町に行ってみたい」

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