知らない土地の愛し方

「地域の良い所なんてどこもだいたい同じ」

そう言い切った人がいた。確かにそうかもしれない。
地域、地方、田舎…「都市でない場所」の良い所はだいたい、自然、食べ物、文化、地縁の4つに代表されると思う。
詳しく見ていけばそれぞれ違うのだろうけど、よそものから見たら似たり寄ったりだ。

 

大学進学がきっかけで、私は沖縄から水戸に来た。
茨城県のちょうど真ん中、縁もゆかりもなかった土地だ。

千波湖という湖があって、納豆と梅が特産品で、弘道館と偕楽園が有名で。
でもそれらは、大学1年生のときには見向きもしなかったものだ。

なぜなら関係なかったから。

いくら美しかろうと美味しかろうと歴史的に価値があろうと、私には関係なかった。

ようやく意識が向いたのは、水戸に住む人々と関わってからだ。

大学のOBの方、インターン先の社員の方、サークル活動の延長で出会った方々。
親でも先生でもない年上の人と話せるのは新鮮だった。
彼らの働き方や生き方は、私にとって将来の希望になった。

そして彼らは水戸のことが好きだった。
自分が住む土地に誇りや愛着を持つ姿はかっこよかった。

尊敬する人たちの好きなものを理解したいと思って初めて、私は水戸の街をちゃんと見るようになったんだと思う。

そうして改めて見ると、千波湖も梅も弘道館も、守り継がれてきたものだった。
わかっていたつもりだけど、「誰が」守っていたのかが、わかってなかった。
水戸の人と関わるようになって、水戸を守ってきた「どこかの誰か」は「私が言葉を交わしたあの人たち」になった。

地域の良い所なんてどこもだいたい同じだとしても、自分の関わった人たちとつながりがあると思うと、たちまち水戸のあれこれが愛おしくなった。

自然、食べ物、文化、それだけじゃ足りないんだと思う。
よその人に訴えるには、よその人と地のものをつなぐ地縁がなければ。

逆に、自分にとっての地縁が各地に増えれば、それまで関係ないと思っていたよその地域も、愛しく思えるんじゃないか。

 

はじめ「三戸」という地名を見たとき、私は「みと」と読み間違えた。ああ水戸と同じ名前じゃないか、何か縁があるかもしれない、と。

のちに「さんのへ」が正しい読み方だと気づいても、その期待は消えなかった。

何か縁があるかもしれない。
水戸であったような地縁が。
いままで素通りしていた土地を、好きになれたらおもしろい。
偶然と勢いに任せてしまった方が、おもしろいものに出会えるはず。

だから、三戸町に行ってみたい。

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