私だからできる、ここではない何処かの話

みどり、という名前は祖母がつけた。初夏の暑い日、木陰を探す人や動物。私は何もない草原に立つ一本の大きな木で、刺すような日差しからその人達をほっと一息休ませてあげられるような、そんな優しい女の子に育って欲しい、という願いが込められている。

だけど私は小さい頃、集団生活が苦手で学校に行けなかった。義務教育もまともに受けず、人や動物を休ませてあげるどころか自分のことで精一杯。だけど大人になると、意を決して社会に出て東京で一人暮らしを始めた。努力に努力を重ねて、今は上場企業で働くOLになった。

普通になりたい、と思ってきたことに気付いたのは、いつだったか。学校すら行けなかった自分が、人が当たり前にしていることを自分にもできるのだと、大きな企業で正社員として働くことで思いたかった。自分に自信を持ちたかったし、何より私は希望を持ちたかった。これからの自分と、まだ知らない世界に対して。信じられる自分でいたいし、世界は素晴らしいと思いたい。

そうして、普通になりたかった私が、普通を手に入れた。

でも、では果たして、私が私でいる意味は?

人は誰しも、きっと才能がある。それと仕事を結びつけ、その熱意で社会に貢献できる自分になれたら。そうなれたとき、どんなに人生は豊かになるだろう。そんな夢を描いてしまう。

私には恋人はいるが、利害が一致せず未婚である。いろんな理由はあるだろうけど、私のように独身で生きなければならない女性は世の中に沢山いるんじゃないだろうか。私は40歳を前に生き方を模索していて、でも若い頃と違う分、その重みは切実である。これからの未来をタフに生きる為に、自分を立て直す作業が必要で、そういったとき私は見知らぬ土地へ行きたくなる。

10年前にも、私は一人で四国の直島へ旅をした。地中美術館という、安藤忠雄という建築家がデザインした、地下につくられた美術館に行くのが目的だった。太陽を反射してキラキラ輝く瀬戸内海の青い海と島を覆う木々の新緑が、無機質なコンクリートの美術館と美しいコントラストを描いていた。

私はモネという画家が好きで、地中美術館には、そのモネが描く、そこにしかない睡蓮の絵があった。私はどうしてもそれが見てみたくなって、会社を休み、遥々東京から飛行機と船を乗り継いで向かった。

地中美術館のモネの絵は巨大だった。壁一面に飾られている。まるでモネの邸宅の庭がそこにあるように、目の前に迫ってくる。描かれる水面には儚げで素朴な桃色の睡蓮が咲いている。今まで私が見た、どの睡蓮の絵よりも大きく、そして美しい。目にした瞬間、私はドキドキし動悸を抑えられなかった。そして初めて、絵画に「恋をした」と思った。その場から動けず、立ち尽くし、暫くの間そこにいたのを覚えている。

私には翌日外せない仕事があり、その足で東京へとんぼ返りした。

それでも、あの瞬間の感動は今でも忘れない。

東京に帰って、私は迷っていたことに覚悟を決めた。そしてまた走り出した。

旅は人に何を与えるのか。それはわからないけど、何かを残し、何かを後押しする。そんな気がする。私のように、ふと立ち止まり、次の一歩に迷っている人は沢山いるだろう。ここではない何処か、今とは違う自分。それを思い描きながらも人前には出さずに、ありきたりな会話にそれを隠して、人は日々を過ごしている。そんな人達に向かって、私は知らない土地の話をしたいと思う。暑い最中、広い草原に立つ一本の木のように。ほっと一息つき、次の向かうべき場所へ歩き出せる話が。今の私だから伝えられる、希望を示す話ができるのではないかと考えている。

だから私は、三戸町へ行ってみたい。

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