幻の城・三戸城

 

幻の城、三戸城。時は戦国、天下人・豊臣秀吉の小田原征伐に参陣した南部家26代当主・信直が、その居城を盛岡城に移すまでの間、南部氏の本拠地となっていた城である。このことは南部氏がその領地を9つのエリアに分けた一戸から九戸の中心に、三戸があることからもうかがえる。

 

三戸を語るとき、南部氏抜きでは語れない。時代はうんと遡って文治5年(1189)、源頼朝の奥州合戦で功を挙げた一人の男がいた。その名は南部光行。源頼朝より合戦の功として糠部郡という一帯を賜って「南部」のベースを築いた。その所領は今の三戸町、上北郡、下北郡、岩手県の二戸町、九戸郡を含むとても広大なものであった。天文8年(1539年)、世は戦国時代の真っただ中。24代目・南部晴政の代に家中で反乱が勃発!それまで南部氏の居城であった聖寿寺館(本三戸城)は焼け落ち、留ヶ崎の地に新たな城が築かれることとなった。これが「三戸城」の始まりである。三戸盆地の中央部にそびえる標高130mの独立丘陵の頂に主郭・淡路丸を配置。シンプルな階郭式ながら、東西を流れる馬淵川と熊原川を濠とした天然の要塞であった。南部氏発祥から800余年。三戸城跡は城山公園として整備され、今なお三戸のシンボルとして愛されている。石垣や堀など往時を偲ばせる多くの遺構、夕陽に染まる城下町と眼前の名久井岳を見渡せば、歴史ファンならずともグッとこみ上げてるものがある。

 

動乱の南部、男たちの野望、そして頼朝、秀吉と、時の天下人の影を垣間見る一大スペクタクル。幻の城・三戸城を紐解けば、青森最大の大河ロマンがそこにある。

 

だから、三戸町に行ってみたい。

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