三戸の花嫁〜主婦、キミ子(45)の場合〜

 

「あなたの島へ お嫁に行くの
若いと誰もが 心配するけれど
愛があるから だいじょうぶなの」

小柳ルミ子が「瀬戸の花嫁」をリリースした年に生まれ、キミ子と名付けられた私。子守唄代わりに聞かされてきたその歌のように、”愛があるから大丈夫なの”と信じて疑わなかった頃もあったのに…。
私が三戸町にお嫁に来てから、もう25年。この町に、愛なんかない。

”あなた、健太、仁美、ワガママな母さんを許してね。ちょっと疲れたので、旅に出ます。”

イオンのチラシの裏にそう書き置きを残し、つい家を飛び出したのは今朝のこと。いらだつ自分の気持ちとともにアクセルを踏み、見慣れた町並みの中、適当に車を走らせる。

「さて、どこに向かえばいいのかしら…。」

15分ほどして辿り着いたのは、いつかあの人と来た県立城山公園。

見事な満開の桜に、思わず時を忘れて見惚れてしまった日を今でもよく覚えてる。そうよね、あの時は。お見合いの後の初めてのデートで、ねぶたの写真がプリントされたシャイニーアップルジュースの缶を私に手渡して「来年も再来年もずっと一緒にねぶたを見に行こう」なんてさり気ないプロポーズをしてくれたのに。どうして忘れてしまったの?健一さん…。

あの時の私に会えたなら、教えてやりたい。あなたが信じた未来は、なくなってしまうのよって。夕方17時からの「いいとも」も、もう放送を終えてしまった。同じように役目を終えた私は今や、夫にとっても大きくなって手の離れた子供たちにとっても、いてもいなくても変わらない空気みたいな存在になってしまったのよって…。

「あら、これ、あの子たちが好きだった絵本の…。」


ふと目をやるとそこにいたのは、かわいい猫の銅像。子供たちに昔よく読み聞かせてやった「11ぴきのねこ」の絵本は元々、隣の県から知らない町にお嫁に来ることになった私にお義母さんがプレゼントしてくれたものだ。
「なんも気兼ねしないでおんでにゃさい。そのうち子供ができたら、この町から生まれたこの話を教えてやんなさい。」って。

バカね、私。勢いよく家を飛び出してきたのに、どこに行ったって思い出すのは家族のことばかりだなんて。

ふいに鞄の中から携帯の着信音が鳴る。

「もしもし!?お母さん!?今どこにいるのよ!」そう勢いよくまくし立ててきたのは、娘の仁美だった。
「お父さんね、結婚記念日忘れてたわけじゃないんだって!ただ、ねぶたの前夜祭の日か初日かわかんなくなっちゃって言い出せなかったんだって。」
「だって、今年はいつ行く?って声をかけても誰も答えてくれなかったでしょ…。」
こんな風に癇癪を起こすのは、結婚して以来初めてのことだった。ふてくされて返す私よりも、なんだか娘の方が大人びているようだ。
「お兄ちゃんはシカトしてたんじゃなくって、彼女と一緒に行くのが照れくさくて言えなかったんだって。ねえ、だから今年はみんなで行こうよ!お祭りが終わるまで、あと6日もあるよ。」

そうね、と一言返して電話を切る。このまま帰るのは悔しいから、今日はちょっと足を伸ばしてゆっくり温泉にでも浸かってみよう。気になってたあのカツサンドも食べちゃって、お土産にも買ってってあげよう。愛する家族のために。

そろそろ機嫌も、直さなきゃね。
「あなたとこれから 生きてく私」ルミ子が歌ったあの曲のように、そう決めて、三戸の花嫁になったんだもの。”せと”じゃない、”みと”でもない。ちょっと格好がつかない”さんのへ”の花嫁。

あの人がいる。新しい家族がいる。そして、また新たな家族もきっと増えていく。
「だから、三戸町に行ってみたい。」そう思ったあの頃の気持ちを、いつまでも忘れずにいよう。

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